わたしも日々、数多くの失敗を繰り返しています。そして、何回もの失敗が、皆さんのおかげで、大事にならずに済んでいます。でも、たまには失敗がそのままになってしまうこともあります。

ちょっと前、採血の指示を出したつもりが、伝票を出し忘れていました。検査結果を確認しようとしたときに結果報告が見当たらず、採血されていないことが分かったのです。カルテには指示受けのサインがありました。

つまり、通常なら指示受けをする段階で伝票が出ていないことに気が付くはずなのに、担当の看護師は「サインを忘れた」と思って伝票を確認することなくサインしたということでした。

私自身はカルテに記載する前に伝票を作ること習慣にすることでエラーを防いでいるつもりだったのですが、実際にはそうしていなかったようです。 二つのエラーが重なったため、必要な検査が行われなかったという失敗につながりました。

教訓 仝〆坤ーダーは、カルテ記載より先に伝票を作る。

教訓◆〇惻┝けのサインがない場合は、もう一度伝票などを確認しなおして、サインする。 

今、二階西病棟に展示させていただいている、私の写真です。オスロの街をぶらぶら散歩していたとき、通りがかりのバイクを連写で撮影したら、なんと PARAMEDIC の表示がありました。つまり、バイクの救急車です。四輪車より早く駆けつけることができそうですよね。

 

救急バイク

「プロローグ」から

大事なことは、ひとつには学ぶ人間が自分自身で実際に「痛い目」にあうこと、もうひとつは自分で体験しないまでも、人が「痛い目」にあった体験を正しい知識とともに伝えることです。「痛い話」というのは、「人が成功した話」よりずっと聞き手の頭にも入るものなのです。

人の心は意外に弱いものです。強い負のイメージがつきまとう失敗を前にすると、誰しもつい「恥ずかしいから直視できない」「できれば人に知られたくない」などと考えがちです。

「効率や利益」と「失敗しないための対策」を秤にかけると、前者が重くなるのはよくあることです。人は「聞きたくないもの」は「聞こえにくい」し、「見たくないもの」は「見えなくなる」ものです。

人が活動する上で失敗は避けられないとはいえ、それが致命的なものになってしまっては、せっかく失敗から得たものを生かすこともできません。予想される失敗に関する知識を得て、それを念頭に置きながら行動することで、不必要な失敗を避けるということも重要です。 

 

失敗学のすすめ

皆さん。こんにちは。今月から医療安全委員会委員長になりました。よろしくお願いします。

前任のH先生がずいぶん頑張っておられたので、この重要な役割をこなすことができるのか、わいま不安でいっぱいです。

「失敗学」については、前から興味があって、いくつか書籍を読みました。基本的なことは一応理解しているつもりなのですが、実際に自らの職場でそれを実行するとなると、いったい何から始めてよいのか、五里霧中です。