本日、12月10日、スウェーデンのストックホルムでノーベル賞の授賞式が行われます。今年は、大隅良典先生がオートファジーの研究で生理学医学賞を受賞されたことは皆さんご存知の通りです。

 

このまえの夏休み、私はここを訪れたのですが、とても素敵な街でした。

 

ガムラスタン

 

この写真は今、循環器科内科外来の待合に展示していますが、フェリーから見た、ガムラスタン(ストックホルムの旧市街)です。

 

北欧の国々は、福祉が充実していて、税金がとても高いことで有名です。そして、労働時間が短いのです。一日8時間労働は日本と同じに思えるのですが、スウェーデンでは自宅を出てから帰宅するまでの時間を労働時間の8時間と考えるようです。なので、地下鉄の帰宅ラッシュは午後4時ごろに始まっていました。

平成28年7月頃、母体保護法指定医ではない医師が、人工妊娠中絶手術を実施し、その患者が6日後に死亡するということがあったようです。ご家族が「指定を受けずに手術を行った疑い」で担当医を警視庁に「告発」されました。

 

病院は「指定を受けずに手術を行った」ことと死亡との因果関係はないと考えているようですが、ご遺族は納得されていません。記者会見で「本当に手術が原因でなかったのかを明らかにしてほしい。」と訴えられていました。

 

しかし、警察に訴えたところで死亡の原因が明らかになるのでしょうか?本来それは警察の仕事ではないですし、その能力もありません。そして、今回のようなケースで「死亡の原因を明らかにする」ために立ち上げられたのが医療事故調査制度だと思います。

 

この制度では医療事故を次のように定義されています。ヾ擬圓死亡していること、提供した医療に起因するもの(または疑い)であること、4浜者が予期していないこと。

 

今回は ↓への該当は確実ですが、△微妙です。しかし病院が「提供した医療に起因しない死亡」と証明することも難しいと思います。今回のように遺族と病院の関係が悪化することを予防する意味でも医療事故調査制度を活用すべきではなかったのでしょうか?

 

 

 

 

 

人は失敗をしたとき、それを他人に隠そうとするのは自然の行動です。

 

その理由は次の3つ。

叱られたくない 。              

人に低く見られたくない。

責任をとりたくない。

 

 

インシデントレポートをうまく収集できるかどうかは、組織をまとめている上司の態度次第です。失敗を報告した人の評価が下がるようなことがあってはなりません。 部下が何か失敗したときに、ネチネチと責めてばかりいると、部下は「ごちゃごちゃ言われるのを避けるため」の努力するようになります。これでは、失敗隠蔽の温床を作っているようなものです。

 

ベテランになると、上記の△筬のために積極的な報告をしなくなりがちです。例えば、医局からのインシデントレポートはいつも少ないのです。医療安全の文化を育てるために、余計なプライドは捨てて、積極的に失敗情報を公開することが望まれます。

 

 

 

今日、人工呼吸器からの離脱に成功した患者さんの抜管をしました。

 

抜管後、ベンチマスクを使おうと思ったのですが、介助してくれていた看護師さんはそれを用意できませんでした。

 

その理由は、次の写真のとおりです。

 

ベンチマスク

 

ベンチマスクの部品は一か所にまとめられてはいたのですが、複数の規格のものが乱雑に入っていて、整理されておらず、必要なもの(マスク本体・コネクタ付き蛇管)がありませんでした。

 

複数の規格があるこのようなものは、一つの規格にまとめて、残りは廃棄するべきでしょう。そして、部品の定位置を決めておけば、もし欠損していればすぐに気が付くと思います。

みなさん。保谷厚生病院の理念を覚えていますか?

 

「患者様の視点に立った医療サービスの提供」とあります。

 

しかし、「患者様の視点に立つ」ことは、なかなかできることではありません。私たちの日々の行動を振り返ってみると、「医師の都合」や「看護師の都合」に規定されていることがほとんどではないでしょうか?

 

とくに、業務が立て込んで忙しくなってくると「患者様の視点」が無視されます。こんなとき、わたしはリラックマのカレンダーにあった「やさしさはゆとりから」を思い出します。

 

 

「患者様の視点に立つ」ためには、己の限界を知って、過剰な仕事を請け負わないことが必要です。